January 09, 2021

恐怖

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December 30, 2020

猫がきこえる

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February 15, 2020

ある「BC級戦犯」の手記(冬至 堅太郎)

福岡大空襲で母を失ったのを機に、アメリカ軍捕虜の処刑に志願して4人を斬首した軍人が、戦争犯罪人として過ごした獄中の記録。

日本の「戦争犯罪」と言えば東条英機などのA級戦犯と東京裁判が話題にされることが多いが、本書ではそんな上層部とは違い、現代人はほとんど知らない下級兵士による「戦争犯罪」で死刑判決を受けた人々の当時の生活と思いを生々しく知ることができる。

これが意外なほど哲学的・宗教的で、著者の心の動き、考え方や行動は感心するくらいにしっかりしている。凡人が戦争で敵国人を殺し、その罪を問われて罰を受ける展開は、普通ならばもっと苦悶に満ちた重苦しいものに思え、時に発狂してもおかしくない気がするのに、著者やその仲間は信じ難いくらいに言動が立派だ。別に嘘くさい綺麗ごとで糊塗されているのではなく、家族を思って嘆いたり自分の刑死を予想して怯えたり、人間らしい思い悩みも描かれてはいる。ただ、本書に登場する日本男子らは、考え抜いた結果として覚悟を決め、潔く運命を受け入れていく。その態度は全くもって見事だ。中でも、著者は元から知識人だったからか、仏教やキリスト教の考え方を論理的に突き詰めて自分なりの真理を見出し、短歌や俳句、版画などの様々な芸術作品をも次々と作り上げていく。

自分が獄中の人になったら、到底著者のようにはなれない。そう思うと、著者の生き様、芸術的なセンスや手の器用さには、ただただ脱帽だ。

しかし、自分は本書を好きになれない。

著者によって処刑された捕虜についての記述が、ほぼないに等しいからだ。「わが子らとわが処刑せし米兵の子が相あはむこともあらむか」という短歌があるくらいで、そのほかには4人の命を奪ったことについて何も触れられていない。死刑を覚悟して受け入れようとする姿勢はあっても、命を奪ったことへの後悔や反省、追悼の思いなどが感じられず、自身の正しさを疑わっていなかったようだ。だからこそ、著者は心を強く保てたのかもしれない。

処刑された捕虜の家族が読んだらどう思うか。そう考えると複雑な気持ちになる、そんな本だ。

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January 26, 2020

毎日誰かが死んでいる

震災の話題が苦手だ。テレビなどのメディアは何かにつけて、震災とか被災地とかを持ち出したがる。

震災の悲劇、被災者の苦労を軽視するつもりはない。ほかの悲劇が不当に軽視され過ぎている気がするのだ。

都会で電車に乗っていると、人身事故による遅延や運転見合わせは日常茶飯事である。人身事故の一部は間違いなく飛び込み自殺などで、確実に一人の人間が死んでいる。しかし、乗客の中にそれを意識し、死者の悲劇、遺族の苦労に思いが及ぶ人がどれだけいるだろうか。「うわっ、遅れちゃうよ。ふざけんな。死ぬなら他人に迷惑かけない死に方しろよ」などと舌打ちしたりしていないだろうか。

震災に伴う大量の死傷者は何度も取り上げられる悲劇である一方、日常的に起こる事故や病気による死傷者は日常であるが故に日常に埋没してしまう。葬儀に参列すると焼香を待つ列の中で談笑している人がいたりする。お清めの席でも故人を話題にすることなく普段の世間話に終始している人がいたりする。

人の死は、その人数や原因にかからわず、悼まれるべきものだ。

今、人々は死にきちんと向き合わず、きちんと悲しまず、ただ、震災とか大事故とか猟奇殺人とか刺激的な話題の要素としてばかり死を取り上げている気がする。そんな非日常的な死だけでなく、身の回りにある見過ごしがちな死を、きちんと見つめたい。家族の死、知人の死、喪中葉書で知る死、顔も名前も分からない走り行く霊柩車だけで知る死、世の中には日常的に死がある。震災だけが死ではないのだ。

毎日誰かが死んでいる。ひたすら暗い気分になれと言っているのではない。毎日誰かが死んでいる一方で、毎日誰かが生まれてもいる。日々の死と生を自覚し、きちんと向き合いたい。ただ、そう思うのだ。

 

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January 17, 2020

脱毛の歴史 ムダ毛をめぐる社会・性・文化(レベッカ・M・ハージグ)

体毛を剃ったり抜いたりする行為とこれに対するアメリカ人の考え方の変遷について、女性学のレベッカ・M・ハージグが考察した本。

一見するとB級のキワモノ本かと思えるが、まるでそんなことはなく、実に知的で面白い。

西部開拓の時代、ネイティブアメリカンにはヒゲなどの体毛が生えないとされ、それが人種的に劣る特徴だとされたこと。産業革命によって脱毛剤が工業製品となり、ヒ素などを含む粗悪品が流通して死者も出たこと。ダーウィンの進化論によって、人類の体毛が猿に比べて薄いことについて議論が起きたこと。肌を見せるファッションの流行や使い捨て安全カミソリの開発と軍隊での採用が、剃毛を一般に普及させたこと。ニードル脱毛、X線脱毛、ブラジリアン・ワックス、レーザー脱毛など、様々に行われてきた脱毛法と、その問題点や影響。社会的圧力に抗うフェミニストとして剃らない選択をする考え方と、女性の自由意思として剃る選択をする考え方。などなど。体毛と一口で言っても、多様な切り口、歴史、考え方があることが多くの実例を挙げて紹介される。

今、電車に乗っていると脱毛サロンのポスターをやたら目にするように、今や女性だけでなく男性も含めた多くの人がかなり気にしている体毛について、ここまで真剣に考察している本はほかにないだろう。

自分は髭剃りが面倒だし、脛毛も気になるし、永久脱毛できればと思いながら実行にまでは踏み切らない。美しい女性の体毛のないツルツルの肌を見れば、綺麗だと思う。それらの根拠や背景を特に考えたことも疑ったこともなかったが、果たしてそれらは本当に自然な正しい考え方なのだろうか。服で隠れてしまい他人に見られることのない箇所の体毛まで、気にする必要があるのか。腋や脛の体毛を当然のごとくムダ毛と考えがちだが、髪の毛だけは他の体毛と違ってムダ毛と思わないのは何故なのか。ついつい、そんなことを考えてしまった。

ただ、この本で一点だけ残念なこと。本書の冒頭で、アメリカ軍が拘束したイスラム教徒の髭を剃った行為が拷問かどうかに触れているが、ここからつながる宗教と体毛の関係については、その後にほとんど記載がなかった。僧侶の剃髪なども含めて、いずれ、そんなテーマも掘り下げてほしい。

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December 27, 2019

リンドグレーン

保守的な田舎の村で暮らす少し変わった娘、アストリッド(アルバ・アルグスト)は、文才を見込まれて地方新聞社で働き始めた。そして、そこでの出会いが彼女の人生を大きく変えていく。

「長くつ下のピッピ」などで知られる作家、アストリッド・リンドグレーンの若き頃を、ペアニル・フィシャー・クリステンセン監督が描いた映画。

これは、作家リンドグレーンの映画ではない。若き女性アストリッドの映画だ。作中にアストリッドが児童文学を執筆する場面は全くと言っていいくらいにない。長じて人気作家になったことが分かる場面はあるし、いずれ作品につながるのだろう独特の空想を語る場面もあるが、本作はあくまでアストリッドという個性的な少女が恋をして、子どもを産み、そんな中で様々なことを経験していく様子を中心に見せている。

作家としての苦労や努力、大成するまでの経緯のようなものを期待して観たらガッカリするだろう。将来、有名作家になるという事実を忘れて、一人の女性の人生として観れば印象は随分と違う。幸か不幸か自分はリンドグレーンの名前もまともに知らず、友人に誘われるまま鑑賞したので何の思い込みもない状態で臨んだからか、意外なほど興味深く観られて満足できた。

若きアストリッドの行動は、時折、奔放すぎてトラブルを自ら呼び込んでいるところもあるが、総じて一所懸命で身につまされる。現代の女性でさえ、妊娠、出産、働きながらの子育ては大変なのだから、昔の、しかも保守的な田舎の村の家庭出身なら尚更だっただろう。こういう作品に触れる度、男性である自分が申し訳なくなる。作中の男性と自分は別で特に似てもいないと思うが、それでも同じ男性として恥ずかしいし申し訳なく思ってしまうのは自分くらいだろうか。とにかく、主演女優の演技がいいこともあってかアストリッドを応援したくなった。

苦労続きの紆余曲折はあれ終盤はホッとできる映画なので、後味がいいのも嬉しい。一女性を描いた佳作だと思う。

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December 26, 2019

アメリカ人のみた日本の死刑(デイビッド・T・ジョンソン)

死刑制度を維持している数少ない先進国である日米を比較し、日本特有の背景について、ハワイ大学教授のデイビッド・T・ジョンソンが分析した本。

著者は死刑廃止論者のようであるが、廃止論者でない人にとっても興味深い内容だ。

アメリカと違って中央集権的な民主制の先進国であり治安もいい日本に、死刑廃止の動きが起きないのはなぜか。まず、第二次世界大戦後の占領下の状況、その後の自由民主党による長期政権といった歴史的な要因に触れつつ、さらに、現在も死刑廃止の動きが鈍いままである理由を分析していく。

日本の制度が実は死刑を或る意味では特別視していないこと、死刑の執行状況の詳細が国民に公開されていないこと。著者が取り上げるこれら2点の詳細な説明は、死刑問題をそれほど知らない人にとってはなかなか考えさせられる。また、殺人事件での日本での扱われ方が感情的で「復讐」の考え方が根本にあることを指摘しているのは、自分としても同感だ。

一方、死刑存置と憲法第9条を関連付けて論じる部分などは、いささか牽強付会で無理がある気がした。

いずれにしろ、この本は死刑を廃止すべき理由を強く語るものではなく、日本に死刑が在る背景を主に分析したものだ。その点で、明確な死刑廃止論者でなくても比較的受け入れやすい文章になっている。2019年12月26日、クリスマス翌日の年末押し迫った時期に1人の死刑執行が発表された。福岡市で起きた一家4人強盗殺人事件が冷酷かつ残忍だったかだけではなく、死刑についてあまり考えたことがない人や死刑存置論者の人も、これを機に本書を読んで何か新たなことを知り、考えを深めてみてはどうだろうか。

かく言う自分は、いわゆる明確な死刑廃止論者ではない。しかし、冤罪も恐れており、単純な死刑存置論者でもない。死刑とは結局のところ復讐であり、それを是とするか非とするかの問題なのだと思う。

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December 01, 2019

語る価値はあるか、知る価値はあるか

昨今、メディアで話題なのは、政府の「桜を見る会」や女優・沢尻エリカの薬物問題、或いは首里城の火災だ。少し前は台風被害の報道も多かった。これらに果たして語る価値はあるのか、知る価値はあるのか。

全く価値がないと言うつもりはない。政府の杜撰さは指摘されて当然だし、芸能人の犯罪に興味を持つのも分かる。首里城が焼失したのは悲劇だし、台風は事前の警戒も事後の被害も重要な情報だ。しかし、しつこいくらい頻繁に取り上げねばならない内容なのかは疑問がある。

国会で最優先に議論すべき課題が「桜を見る会」だとは思えない。社会保障、韓国や中国との関係、その他もっと重要な問題は山積している。それらには手をつけず難しい事は目を瞑って先送りしてケチをつけやすいミスばかり取り上げる政治家も、それを批判する事なく単純に報道し、ただ受け入れているメディアや国民も考えが足りない。だから、この国の政治の悪循環は止まらないのだ。

女優が違法薬物を使っていたところで一般国民に何の影響もない。それが合成麻薬だろうと覚醒剤だろうと、尿検査の結果がどうだろうと、それが何だというのか。これは殺人事件や交通事故の取り上げ方でも同じで、何かサスペンス・ドラマや推理小説のように興味本位で楽しんでいるだけの感がある。人の死や不幸を弄ぶのではなく、その背景にある社会問題こそ取り上げなければ悲劇はなくならない。

首里城の火災は重大ニュースだと自分も思う。ところが、あの火災の日、或る報道番組は他のニュースをまるで伝えず燃え続ける首里城をただ生放送で流していた。ほかにも多くの出来事が起きているはずなのに、あの日、それを伝える事はほとんどなく、まるで世界中で価値のあるものは首里城だけであるかのような扱いをしていたのは違和感を覚えざるを得ない。それは台風の時も同様で、テレビをどのチャンネルにしても全てが台風についてばかりだった。もちろん防災情報は必要だが、日本全体が台風に襲われている訳ではないし、台風で外に遊びに出かけられない子どもがお気に入りの子ども番組さえ見られないのは度が過ぎると思うのは自分だけだろうか。

私達は何かに出会うたび、それに語る価値があるのか、知る価値があるのか、もっと考え、行動する必要がある。そうしなければ、本当に価値あるものを知る機会も考える機会も失ってしまうだろう。

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November 17, 2019

ジョーカー

コメディアンになることが夢のアーサー(ホアキン・フェニックス)は、ピエロの仕事をしながら病気の母の面倒を見る、苦しい生活を続けていた。そんな彼に次々と不運な出来事が続き、少しづつ追い詰められていく。

アメコミ「バットマン」の悪役として有名なジョーカーを主人公に、その誕生を描いた映画。

傑作だ。公開当初に観て、自分は大いに気に入ったものの、アメコミをルーツにした映画とは到底思えない生々しいまでの重苦しさに本作は日本ではウケないだろうと思った。ところが、自分の予想は大外れで日本でもかなり売れているらしい。過去のバットマン・シリーズでヒース・レジャーがジョーカーを演じた『ダークナイト』は当時の日本で興行成績が振るわなかったのに対し、本作が受け入れられたのは日本で格差社会が進んだ閉塞感からではないかと、或るテレビ番組で映画評論家が分析していた。

日本社会との関係はともかく、本作でのホアキンのジョーカーと『ダークナイト』でのヒースのジョーカーは明らかに異なる。ヒースのジョーカーは徹底的にアナーキーで人類の道徳や善意を揺さぶる、言わば非人間的な存在だ。ホアキンのジョーカーはそれとは違って、哀しいくらいナイーブで他人の醜さや冷たさに人間らしく傷ついて壊れていく。結果として彼が凶行に及んでも、この性格で大悪党ジョーカーとしてバットマンと対決するほどの存在になれるのかとアメコミ・ファンとしては疑問に思うくらい痛々しい。

果たして本作を評価する日本人は、何を感じているのか。主人公や主人公の行為に興奮する暴徒への共感もあるだろうが、それだけでなくアーサーをジョーカーに変えていく人々を自分自身に重ねてほしい。冒頭で彼を痛めつける子ども達、バスで彼を否定する女性、彼に手を差し伸べない職場の同僚や上司、等々、大衆の一人にすぎない人々の言動が彼を追い詰めていく。それは現実世界でも同じだ。私や貴方のふとした言動もまた、誰かをアーサーのように追い詰めているかもしれないのだ。

本作はアメコミの悪役ジョーカーの映画ではない。アーサーという一人の人間が堕ちていく姿を見つめた映画だ。

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May 06, 2019

LIFE!

雑誌「LIFE」に勤めるウォルター(ベン・スティラー)は、著名なカメラマン(ショーン・ペン)の大切な写真のネガがない事に気付いて彼を探す旅に出る。平凡な男性の転機を描くベン・スティラー監督・主演作。
躊躇して一歩踏み出せずにいる時に勇気を与えてくれる作品だ。前半の主人公の妄想に笑わされ、後半の荒唐無稽な冒険を繰り広げる景色の美しさに圧倒される。ショーン・ペンが格好いい。笑わせるけど、それだけじゃ終わらせない、ベン・スティラーらしい映画だ。実際には、こんな上手くはいかないと思うけど、これはこれで良し。

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