March 10, 2009
ドイツ軍のシュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)は愛する祖国の行く末を憂えて意を決し、ヒトラー暗殺計画に身を投じる。
実際に行われたヒトラー暗殺計画を『X-MEN』のブライアン・シンガー監督が映画化した作品。
歴史上の実話をサスペンス映画として描くのは難しい。ヒトラーは死なない、つまり、計画は失敗することを観客は最初から知ってしまっているからだ。知っていても引き込まれる魅力がなければならない。残念ながら、本作にはそこまでの魅力はなかった。恐らく事実に即したためだろう多くの登場人物と、本番の暗殺計画が動き出す前の小さな事件が煩わしく、暗殺計画の少々入り組んだ展開もいまいち分かりづらい。
折角、いい演技もできるトムを使っているのだから、反骨の愛国者としての主人公の人間性を描くものにして、暗殺計画に踏み込むまでの経緯や、その後の葛藤、失敗してからの心の動きに焦点を置けば、もっといい映画になっただろう。だが、シンガー監督だからか、そんな手腕は発揮できなかった。トムの映画としては、『ミッション・インポッシブル』から独創的な面白味とアクションを抜いた感じである。つまり、これといって何も残らない。駄目ではないが、目を惹くところもない、そんな映画だ。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 28, 2009
クリスティン(アンジェリーナ・ジョリー)が仕事から帰ってくると、家で一人待っている筈の息子がいない。動揺して警察に連絡してから数か月後、警察が保護したと告げてきた「息子」は全くの別人だった。
1920年代、アメリカで起こった恐るべき実話をクリント・イーストウッド監督が映画化した作品。
良かった。さすがはイーストウッド。ただのエンターテイメントではない。安っぽい陰謀もののサスペンスでも重苦しいだけの社会派でもない。事前に物語の中身をそれほど知らずに観たせいもあってか、「え? そうなるの? これって、そういう映画なの?」と驚かされる事が何度か。体制側になった時の人間の行為の醜さ、抵抗する庶民の気概、そして、幾つかの割り切れない思いが、この映画には詰め込まれている。
欲を言えば、詰め込みすぎで個々の人間ドラマとしては幾らか消化不良なのが少しだけ残念なところか。
主演のジョリーは『トゥームレイダー』等でアクション系の印象が強く、あまり期待していなかったのだが、本作では苦悶する母の姿を見事に演じ、美貌やセクシーさを売りにしない女優魂を見せている。
本作を観て思う。役人なんて糞食らえ。日本人も、テレビ眺めて愚痴るだけじゃなく、もっと戦わないと駄目だ。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 11, 2009
カムチャッカで蟹を獲って缶詰に加工する船(蟹工船)では、子どもを含む多くの労働者達が酷使され、時に暴力を受け、非人間的な扱いを受けていた。仲間の命が次々と失われ、彼らは不満を募らせていく。
小林多喜二によるプロレタリア文学の傑作、『蟹工船』を山村聡が初監督して1953年に映画化した作品。
小津監督の『東京物語』で長男役を演じていた山村が、こんな骨太の映画を撮っていたのには驚いた。今のワーキングプアでもここまではないだろうと思わせる劣悪な環境と仕打ちに耐え忍んできた労働者が、遂に反旗を翻す展開は、ソ連映画の名作『戦艦ポチョムキン』も連想させる。しかし、本作は単純なプロパガンダ映画ではなく、ましてやハリウッド的なエンターテイメント映画でもない。後味の良さとは無縁だ。『動物農場』で言えば、映画版より原作版に近いといったところか。
群像劇としては個々の登場人物の描かれ方が不十分で、いまいち消化不良に終わるところもある。昔の映画で音声が悪いためか言葉に訛りがあったりするためか、台詞が聞き取れない部分も多い。
しかし、一見の価値はある映画だ。安易な希望は、ここにはない。それを受け止める覚悟を持って観てほしい。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 07, 2009
諜報員になったばかりのボンド(ダニエル・クレイグ)は、愛した女性を失ったことで復讐の思いに駆られ、謎の組織の陰謀へと挑んでいく。
知らない人はいないだろうスパイ映画シリーズの最新作。監督は、大幅なリニューアルをした前作『カジノ・ロワイヤル』のマーティン・キャンベルからマーク・フォースターに変わっている。
がっかりした。前作同様、典型的な007映画の魅力から離れただけでなく、単品のアクション映画としての魅力も薄い。カット割を多用したアクション場面は、目が疲れるばかりで分かりづらいだけ。話の設定は単純に理解できるものではなく、何が起きているのか摑めぬまま、アクションばかり見せられる。そのアクションは派手で騒々しいものの、強く印象に残る独創的なものはない。一方、前作の魅力だったボンドの内面が味わえる場面は殆どなく、007だと知らずに観たら、感情に任せて必要もない殺しを無闇に続ける無計画な馬鹿男の話だ。ジャン・クロード・ヴァンダムとかが演じた方が似合いそうな気がする。
これは、007ではない。金をかけたB級アクション映画だ。しかも、前作を直前に観ないと分からないような。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
January 13, 2009
酒浸りの農場主から、ろくに餌も与えられず虐げられてきた動物達の我慢は限界を超え、有能な豚に率いられて革命を起こす。
監視社会を描いた小説『1984年』で知られる作家ジョージ・オーウェルによる原作を、イギリスのジョン・ハラス&ジョイ・バチュラー監督が映画化した1954年のアニメ作品。
半世紀前の映画であることを忘れさせる完成度の高さだ。原作がソビエト共産党への批判を込めたもので、映画化されるに際してアメリカのCIAが出資したというほどのイデオロギー性があるとしても、本作はそんな由来を超越し、全ての腐敗していく権力、腐敗していく人間の戯画を観客の前に見せつける。本作を観て、自分が豚になっていないか不安になった。権力と戦う力を持つと同時に、権力に溺れる弱さを抱えた存在になっていないか。
動物達は多くを語らない。ディズニー映画にも劣らない美しく繊細な動きと表情で喜びや苦しみを表現する。馬のボクサーと驢馬のベンジャミンの別れの場面には、痛いほど胸を締め付けられた。
本当に優れた作品は時代を超越する。それを痛感させられた。いつかこんな作品を自分も書いてみたい。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
June 07, 2008
俳優のウィリアム(マーク・ウェバー)はバーで出会った歌手志望の女性サラ(カタリーナ・サンディノ・モレノ)と恋に落ちる。しかし、幸せな生活は長く続かず、二人の気持ちはすれ違って。
『リアリティ・バイツ』や『ガタカ』のイーサン・ホークの自伝的小説を彼自身が監督として映画化した作品。
約5年前に題名に惹かれて原作を手にし、予想外に、驚くほど予想外に最後に泣いてしまったのを覚えている。老けて涙脆くなり始める前の経験で、それゆえか原作は自分の中で秘かに名作として位置付けられていた。
期待が大きすぎたのか、かつてさめざめ泣いた気持ちは変わってしまったのか、映画では泣かなかった。ウィリアムの情けなさやストーカーとしか言いようがない醜態は原作も同じで、以前に読んだときも呆れ果てたものであるが、だからこそ、綺麗事ではない等身大の恋愛と失恋が描かれ、憧れとは違う共感を抱く。少なくとも自分は。
本作のテーマは恋愛と言うよりもむしろ、失恋なのだと思う。映画は、その失恋の痛々しさに生々しさはあっても、最後に到る美しさにおいて原作より劣っていた。自分が原作で泣いた場面、ウィリアムが保育園児達にお話を読むところは映画にはなかった。もう一度、原作を読んでみようと思う。また泣けるか、それが気になるところだ。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 03, 2008
ジェス(ジョシュ・ハッチャーソン)は家庭でも学校でも居場所がなく、絵を描くのが唯一の慰め。そんな彼は個性的な転校生のレスリー(アナソフィア・ロブ)と友達になり、森の中に二人で想像上の王国を創り上げる。
キャサリン・パターソンによる児童文学の金字塔と言われる同名作を、『ザ・シンプソンズ』のガボア・クスポ監督が『ロード・オブ・ザ・リング』の特殊効果も手がけたWETAデジタルと共に映画化したファンタジー作品。
泣けた。男一人で映画館で観ていたので我慢したが、目頭が熱くなった。子供の頃、物語を空想して楽しんだ、今に至る自分の創作の原点を思い出したのもあるからかもしれない。
ファンタジーと言っても『ロード・オブ・ザ・リング』や『ハリー・ポッター』の様な現実離れしすぎた壮大さがない分、嘘臭さがなくて親近感や現実味がある。だからこそ、主人公と自分を重ね合わて共感もでき、心を揺すぶられるのだろう。作り話だと頭では分かっているのに、鑑賞後もレスリーのことを想わずにいられなかった。
それほどの期待もせずに観に行った本作は、今年初の大当たりだ。感動のあまりパンフレットを買ったのは勿論、本屋で原作まで買ってしまった。これから読むのが楽しみである。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
August 11, 2007
売れないアイドル、如月ミキが不審な死を遂げてから1年後、ファンサイトで出会った5人(小栗旬、ユースケ・サンタマリア、小出恵介、塚地武雅、香川照之)が1周忌のために初めて集まった。ミキは殺されたのだと一人が言い始めたことから、5人での様々な推理が始まる。
『ALWAYS 三丁目の夕日』の古沢良太の脚本を佐藤祐市が映画化した密室劇。
素晴らしい。面白い。巧妙に伏線が張られた驚きのどんでん返し続きのミステリーでありつつ、中だるみなく随所に笑いを散りばめ、しかも、最後は温かい余韻を味わえる。脚本の秀逸さは、全く驚きだ。豪華俳優陣の個性際立つ演技も楽しい。特に常になく苦虫噛み潰したシリアスさを見せるユースケと怪しいオヤジぶりを発揮する香川の2人は、大いに見応えありだ。
本作をノーチェックだった自分は、とある人から「面白いらしい」と聞いて観た。これほどの秀作でありながらマスコミで殆ど採り上げられないことに、『檸檬のころ』でも感じた不思議さを覚えた。日本のマスコミは映画を評価する目がまるでないらしい。とにかく、本作は滅茶苦茶に面白い。痛快に笑えまくる今年一押しの映画だ。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
July 21, 2007
都市国家スパルタにぺルシア帝国による侵略の危機が訪れていた。買収された神託のせいで国家としての戦争を拒否されたレオニダス王(ジェラルド・バトラー)は、300名の精鋭だけで100万のペルシア軍に戦いを挑む。
『バットマン ダークナイト・リターンズ』や『シン・シティ』で知られるアメコミ界の巨匠、フランク・ミラーの原作を基に、『ドーン・オブ・ザ・デッド』のザック・スナイダー監督がペルシア戦争のテルモピュライの戦いを描いた作品。
やらなくてよかった事が多く、やってほしかった事が足りなかった。悪役のペルシア側を醜く描きすぎている。不気味な不死部隊や象の登場はいいが、処刑人の両腕が甲殻類の刃になっているのは滑稽なだけだ。あれでは殆ど『北斗の拳』の世界である。いつペルシア兵が「ひでぶ!」と言い出すかと思った。
一方、息を抜ける笑いはない。更に残念なのが、究極の戦闘場面を期待すべき映画にも関わらず衝撃的な場面がない事だ。確かに勇猛果敢に戦っているが、『マッハ!』や『バットマン』シリーズの様に観客が「おぉっ!」と思わず声を漏らす気の利いた場面がない。最後の投げ槍も、あれだけ引っ張られるとレオニダスが何をするつもりか予想がつき、「それで外すなよ」と突っ込みたくなる。
暴力に溢れた平板なマッチョ映画で、フランク・ミラーらしいハードボイルドな魅力には欠ける残念な作品だった。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
May 27, 2007
ラスベガスのマフィア、エース(ジェレミー・ピヴェン)の心臓に100万ドルの賞金がかけられたことをFBIのメスナー(ライアン・レイノルズ)らは突き止める。FBI、そして、サイクス(アリシア・キーズ)ら多くの殺し屋が動き出した。
『パルプ・フィクション』のタランティーノに次ぐ才能とも言われるジョー・カーナハン監督のクライム・アクション映画。
がっかりだ。冒頭、登場人物が多すぎて関係がつかめず、話の展開についていけない。漸く分かり始めて、個性的な殺し屋達の活躍を楽しみ始めて暫くすると、それが思いの外、大した活躍もしないまま消えていく。最後に考えもしなかったどんでん返しは確かに来る。だが、全然面白くない。
タランティーノが得意とするこの類の犯罪群像劇は、無茶苦茶な登場人物と激烈な暴力描写を軽快に笑い飛ばせるのが、本来の味だ。頭を使ったり、妙に深刻になってはいけない。しかし、本作は観客の自分の脳味噌が足りないのか性格に問題があるのか、展開が時々分からなくなるし、最後にFBIのメスナーが相棒を失って感情的になり公益を無視する場面が不愉快でならない。それぞれが特徴的な殺し屋も結局は人物設定の面白さだけで終わり、映画の中で活かしきれていないため、結局は大して印象に残らなかった。
一流のエンターテイメントを目指しつつ、定まらない散漫さで、最後に深刻ぶって終わる痛快とは程遠い映画だ。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
April 29, 2007
高3の秋元(榮倉奈々)は東京の大学に進学しようと決めている。そして、彼女を想う野球部の二人、佐々木(柄本佑)と西(石田法嗣)。一方、音楽ライターを目指している白田(谷村美月)は、或る日、同じ様に音楽を感じている軽音楽部の辻本(林直次郎)と言葉を交わし、彼が初めて作った曲の作詞を頼まれた。
豊島ミホ原作の青春小説を、本作が長編映画第1作目となる岩田ユキが脚本・監督を務めて映画化した作品。
傑作だ。泣きそうになった。高校時代を思い出した。そこらのテレビドラマや映画の様に作りすぎた展開でなしに、ままならない日常の中にこそあるドラマと、その奥で揺れ動く感情が、静かに瑞々しく描かれている。
主演の榮倉奈々は、同時期に公開された映画『僕は妹に恋をする』の方がジャニーズの松本潤と共演したためか話題になっていたが、本作の方が映画の完成度も榮倉の演技も遙かに上だ。
しかし、本作で印象的だったのは、もう一人の主役、白田の方である。理解者を得た喜び、不安、喪失感、それらを経て、彼女の口から「詩」が零れ出す夜の場面は、同じ様に創作に手を染め、似た経験もしてきた自分が最も共感できた最大の山場だった。苦しみ傷ついて、だからこそ、創作の「天使」は舞い降りる。
実際に林直次郎が歌う主題歌も効果的で、CDも買ってしまった。本作のDVDも発売されれば、是非、買いたい。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
March 25, 2007
1977年、いつものように学校へ出かけた当時13歳の横田めぐみが忽然と姿を消した。両親は娘を探し続け、遂に北朝鮮拉致問題に辿り着く。
クリス・シェリダンとパティ・キム夫妻の監督が、北朝鮮拉致問題を採り上げたドキュメンタリー。
思い入れの強さが感じられる映画だ。そこに共感を覚える観客は感動するだろうが、以前から横田夫妻が生理的に苦手な自分は、打楽器中心の音楽の多用、めぐみ氏や家族が美人や善人なことが何度も言及されること、家族会が自民党前で拡声器を使って「バカヤロー」と叫んだりすること、北朝鮮と交渉する小泉総理を増元氏が「プライドがない」と非難すること、それらが共感を妨げてしまう。地村保志氏と両親のエピソードの方が感動した。
もっと淡々と描かないと、映画としては少し鬱陶しく感じられる。拉致問題を知らない外国向けの広報映画としてはいいが、純粋なドキュメンタリー映画としては良い出来ではなかった。
念のため言っておくが、自分は拉致問題を放置しろと言っているのではない。北朝鮮の非道は非難されるべきで、この問題を軽視してはいけないのは当然だ。ただ、だからと言って、兵士を拉致されたイスラエルがレバノンを爆撃したように、日本が北朝鮮を攻撃するわけにはいかない。少し頭を冷やした議論が必要だと自分は思う。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
Recent Comments